実るほど頭を垂れる稲穂かな
優れた武士は、何人にも丁寧に向き合った。
相手が何万石と保有する大名であれ、病で瀕死の遊女であれ、媚びる事なく奢る事なく向き合った。
武士は知っている、己の心を惑わす者が自分自身である事を。
大名と向き合った時沸き起こる嫉妬が、遊女と向き合った時毛嫌いする気持ちが、全て己自身の感情から由来する事と理解していた。
だからこそ、彼は何人にも丁寧に向き合った。
己の感情を揺らがせる者、それが目の前にいる誰かであると思っていては、こうも冷静に彼は相対する人物と平穏な時間を持てなかったろう。
己の中の凝り固まったある観念に囚われると、冷静さを喪う事になると彼は熟知していた。
常に胸襟を開き、問題を己の中に留めずきちんと消化しては流していく。
優れた武士は、とても身軽であった。